転職者による営業秘密の流出防止|企業が知るべき法的対応策

近年、制度や労働者の意識の変化により、終身雇用の概念が薄れ、転職が一般化しています。
それに伴い、転職時に前職の営業秘密を持ち出すといったトラブルが増加しており、企業は営業秘密の保護を講じる必要があります。
不正競争防止法を中心に営業秘密の保護について解説するとともに、企業が実施すべき対策について詳しく説明します。

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不正競争防止法による営業秘密の保護

営業秘密の保護

不正競争防止法では、営業秘密の保護を定めています。
このため、営業秘密を不正に流出、取得、利用された場合には(2条1項)について差止請求(3条)や損害賠償請求(4条)をすることができます。
さらにこれらの行為について刑事罰(21条)も定められており、法定刑も「10年以下の懲役若しくは2000万円以下の罰金」とかなり重くなっています。

営業秘密の要件

このような営業秘密としての保護を受けるためには、次の3つの要件を満たしている必要があります。

  • 秘密管理性:企業が適切な管理を行い、秘密として保持されていること
  • 有用性:事業活動にとって有益な情報であること
  • 非公知性:一般に公然と知られていないこと

企業にとっては、営業秘密を「秘密管理性」が認められるように適切に管理する必要があります。

企業が取るべき対応策

企業は、営業秘密が流出しないよう万全の対策を講じるとともに、万が一流出した場合にも法的保護を受けられるよう、以下の点に注意して管理を行う必要があります。

秘密管理の明確化営業秘密に該当する情報には「機密」のラベルを張るなど、秘密として管理していることを明示します。
アクセス制限特定の従業員のみが営業秘密にアクセスできるようにし、適切な権限管理を行います。
鍵付きの棚に入れる、データにパスワードをかける、特定の端末のみでアクセス閲覧できるようにするなどの方法が考えられます。
ログ管理機密情報へのアクセス履歴を記録し、不正な持ち出しを検知できるようにします。
アクセスした端末を記録するシステムや、閲覧時に記名を行う方法なども考えられます。
従業員教育営業秘密の重要性や法的リスクについて定期的に研修を実施し、意識を高めます。
上記のような対策を講じていることについても説明します。

これらの方法を複合的に実施することで、営業秘密の持ち出しを難しくするとともに、従業員に対して「持ち出してはいけない」という理解をしてもらいます。
また、仮に流出が発生した場合には、これらの対策を十分に講じている事実を「秘密管理性」の証拠として訴訟で提出します。

その他の営業秘密の流出防止策

不正競争防止法以外にも営業秘密の流出防止の対策手段が考えられます。
これらの手段もあわせて実施することで営業秘密の流出リスクを最小化することができます。

秘密保持契約(NDA)の締結

在職中および退職後における営業秘密の持ち出しを防ぐため、秘密保持契約(NDA:Non-Disclosure Agreement)を締結することが有効です。
締結と活用に当たっては次の点を意識するとより有効になります。

雇用契約とは別に独立した契約として締結する一般的な労働契約にも秘密保持条項が含まれている場合が多いですが、これだけでは従業員の認識不足による持ち出しが発生する可能性があります。
労働契約とは別に秘密保持契約を締結することで、従業員に持ち出してはいけないという意識付けをすることができます。
契約内容の明確化秘密保持の範囲や違反時のペナルティを明確に定め、従業員に周知徹底します。
昇進時などの更新昇進や移動などでより重要な秘密にアクセス可能になるごとに改めて秘密保持契約を締結させます。
これによって、持ち出してはいけない重要な秘密にアクセスしているという意識を徹底することができます。
退職時の確認退職手続き時に営業秘密の持ち出しがないかチェックし、改めて秘密保持契約の内容を確認させます。

持ち出された場合のペナルティよりも、「持ち出してはいけない。」という認識を持たせることが重要です。

競業避止契約の締結

退職した従業員が競業他社に転職し、営業秘密を利用して顧客を奪うリスクを軽減するため、競業避止契約を締結することも有効です。
ただし、労働者の「職業選択の自由」が憲法で保障されているため、過度に広範な競業避止義務を課すことは違法で無効と判断される可能性があります。そのため、適切な範囲で競業避止契約を設計することが求められます。
そこで、次のような点に注意して内容を定めます。

競業避止義務の範囲の限定無制限に競業他社への就職を禁止すると無効になる可能性が高くなるため、ある程度限定して定める必要があります。
営業秘密を利用して顧客を奪うことができるような地位に就くことを禁止するにとどめます。
期間:一般的に1~2年程度が適切
地域:企業の事業エリアに限定する
職務内容:管理者や経営者など重要な業務・役職に限定する
補償の提供職業選択の自由を制限するため、一定の補償を提供することが望ましい。
競業避止契約を締結する際に、それと引き換えに賃金や退職金が増えていることを説明します。

まとめ

転職が一般化する現代において、企業は営業秘密の保護に向けた対策を強化する必要があります。
適切な管理措置を講じることで、従業員の転職時における営業秘密の流出リスクを最小限に抑えることができます。
企業が取るべき具体的な対策として、

  • 営業秘密の管理体制を強化する
  • 従業員への教育を徹底する
  • 秘密保持契約や競業避止契約を適切に運用する

といった点が挙げられます。
営業秘密の流出は企業にとって大きな損失となるため、転職時のリスクに備えた万全の対策を講じましょう。