運送が完了後に、荷主から値引きを求められた――すでに発生した運賃債権について、荷主が一方的に減額を求めることは法的に認められるのでしょうか。
このページでは、民法や商法の基本的なルール、法律上の規制を中心に、運賃の値引き要求への対応を解説します。
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目次
運賃値引き要求をめぐる法的な基礎知識
運賃債権とは
運賃債権とは、運送契約に基づいて運送人(トラック運送事業者など)が荷主に対して取得する運送代金の請求権のことです。運送契約は、商法上、運送人が荷送人からの委託を受けて物品を運送し、荷送人がその対価として運賃を支払うことを約する契約とされています(商法第570条)。
運送が完了し、荷物が届け先に引き渡された時点で、運送人には契約で定められた運賃の全額を請求する権利が確定的に発生します。これが「既発生の運賃債権」です。つまり、運送というサービスがすでに提供された以上、その対価である運賃を受け取る権利は法律上確定しており、相手方の一方的な意思表示だけでその金額が変わることはありません。
契約で定めた運賃は一方的に変更できない
民法の大原則として、いったん成立した契約の内容は、当事者の一方が勝手に変更することはできません。契約によって生じた債権(ここでは運賃を請求する権利)は、債権者の同意なく減額されることはありません。
運送契約で「1回の運送につき●円」と合意した場合、運送が完了すれば、荷主にはその金額を支払う義務が発生します。仮に荷主が「今月は経費を削減したいから値引きしてほしい」と申し入れたとしても、運送事業者がこれに同意しない限り、運賃は契約どおりの金額のままです。債務者である荷主が一方的に支払額を減らす法的根拠はありません。
もちろん、当事者双方が合意すれば、将来の運賃や発生済みの運賃について変更すること自体は可能です。しかし、すでに運送が完了して発生している運賃債権について、荷主の一方的な意思だけで減額することは法的に認められません。もし荷主が一方的に減額した金額しか支払わない場合、それは債務の一部不履行(一部未払い)にあたります。
代金減額が認められる場面との違い
運送請負契約において、仕事の結果が契約内容に適合しない場合(運送に不備がある場合)には、注文者が報酬の減額を請求できます(民法第559条、第563条)。
しかし、これはあくまで引き渡された物やサービスに問題があった場合の救済手段です。運送契約の場合、荷物が問題なく届けられているのであれば、運送サービスは契約どおりに提供されたことになりますので、荷主側に代金減額を請求する法的な根拠はありません。荷主の経営上の都合や予算の問題は、運送事業者が負担すべき事情ではないのです。
独占禁止法による規制
そうは言っても、元請け事業者の力が強く、値引き要求を断りにくいということも少なくありません。
独占禁止法は、取引上の地位が相手方に優越している事業者が、その地位を利用して相手方に不当な不利益を与える行為を「優越的地位の濫用」として禁止しています(独占禁止法第2条第9項第5号)。
さらに、荷主と物流事業者との取引については、独占禁止法上の告示として、公正取引委員会が「物流特殊指定」(正式名称:特定荷主が物品の運送又は保管を委託する場合の特定の不公正な取引方法)を告示しています。
物流特殊指定では、荷主による次のような行為が禁止されています。
⑴ 代金の減額
すでに発生した運賃債権について、支払う段階になって、あらかじめ定めた運賃から一方的に値引きをする行為です。
⑵ 買いたたき
様々な理由をつけて通常よりも著しく低い運賃で契約を締結させる行為です。将来の運賃についても、一方的に不当な低価格を押し付けることは違法となり得ます。
⑶ 支払遅延
約束した期日に代金を支払わず、支払いを遅延させる行為です。値引き交渉を理由に支払いを先延ばしにすることも、これに該当する可能性があります。
運送人の運賃債権の消滅時効は1年
運賃債権について注意しておきたい重要な点として、運送人の荷送人または荷受人に対する債権の消滅時効は1年とされていることがあります(商法第586条)。一般的な債権の消滅時効と比べて非常に短い期間です。
つまり、荷主から値引き要求を受けた際に対応を先送りにしていると、本来請求できたはずの運賃債権が時効により消滅してしまうおそれがあります。値引き要求への対応や未払い運賃の請求は、早めに進めることが重要です。
一方的な値引き要求を受けた場合にとるべき対応
荷主から一方的に運賃の値引きを求められた場合、まず重要なのは、安易に応じないことです。すでに運送が完了して発生した運賃債権は、契約に基づく正当な権利ですので、法的に値引きに応じる義務はありません。
具体的な対応としては、まず値引きを求められた経緯や荷主の主張内容を記録に残しておくことが大切です。いつ、誰から、どのような理由で値引きを求められたのかを文書やメールなどで確認し、保存しましょう。
そのうえで、契約で定めた運賃どおりの支払いを求める旨を、書面で明確に伝えることが重要です。口頭でのやり取りだけでは、後に「合意があった」と主張されるリスクがあります。荷主が物流特殊指定や優越的地位の濫用に該当する行為をしている場合には、公正取引委員会への情報提供(申告)も選択肢に入ります。また、運賃債権の消滅時効が1年と短い点を踏まえ、未払い運賃の回収は速やかに進める必要があります。対応に迷う場合は、早い段階で弁護士に相談されることをおすすめします。
まとめ
運送が完了して発生した運賃債権は、契約に基づく正当な権利であり、荷主が一方的に値引きを求めても、運送事業者がこれに応じる法的義務はありません。荷主の優越的な立場を利用した一方的な値引き要求は、独占禁止法にも違反します。
値引き要求を受けた場合は、経緯を記録に残し、書面で契約どおりの支払いを求めることが基本的な対応です。運賃債権の消滅時効が商法上1年と短いことにも留意し、対応が長引く前に弁護士に相談されることをおすすめします。法的な根拠に基づいて適切に対処することが、事業の健全な経営を守ることにつながります。
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この記事の執筆者
寺岡法律事務所
弁護士 寺岡健一(大阪弁護士会)
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